辰巳団地

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 1968年8月に入居が始まった辰巳団地には現在約2,700世帯が暮らし、70歳以上の割合が約50%という超高齢社会である。これはどこか田舎の話ではなく、日本一地価が高い銀座から地下鉄で10分弱という都心の話である。皇居から見て辰巳の方角にあることから名付けられたこの団地は、新規に建設された東京オリンピックの会場と東雲のタワーマンションに挟まれており、10年以上にも及ぶ建替えの真っ最中である。団地が建てられた当初は近くに大企業の工場が林立し、夢の島からの灰で窓も開けられず「公害お墨付き団地」とも呼ばれていたが、抽選に当たった若い夫婦や子どもたちで活気に満ち溢れていた。それから50年余りがたち、団地には子どもが独立し高齢になった夫婦、あるいは一人となって暮らしている人が大半を占めるようになった。「建替えが終わるころには全員もうこの世にいないよ。」と住人は笑いながら話す。

 この団地の住民の出身地は北海道から沖縄まで文字通り全国各地である。私は様々な経歴の人たちに会ってきた。近くの製鉄所に勤務していた人、自衛隊員として北海道に住んでいた人、総合商社に勤務し海外駐在もしていた人、家族に東京の男を紹介されて結婚を機に住み始めた人、役者だった人、板前として数多くの著名人に料理を振る舞っていた人、新宿でバーを営んでいた人、山谷で働いていた人、鳶職だった人。皆それぞれの人生を歩んできたのだが、団地の外から見てみると皆同じ人たちかのように見えてしまうかもしれない。それはおそらく高度経済成長期の住宅不足の最中に建てられたこの画一的な居住空間がそのような均質性を帯びてしまっているからであろう。1950年代から全国各地に建設された団地が今日の日本人の性格や政治観の形成に重要な役割を担ったと原武史は著書「団地の空間政治学」(2012, NHK出版)で説いている。このような経緯から私はこの団地を撮ることがひいては過去から現在、未来の日本を撮ることと同義なのではないかと感じながら作品制作を続けている。建替えのため新規入居は停止になっており、空き家が目立つようになってきている。目まぐるしく変化している東京の一画で、国策により建てられた高度経済成長期の象徴が無くなろうとしている、そしてそのことは日本の行く末が岐路に立っていることの証なのかもしれない。

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